たまには‥。

小川あきら です。

あまり音楽には詳しくないのですが、

先日、珍しく生演奏を聴いてきました。

本町のスコッチハウス「APPLE」さんです。

知り合いが演奏するという噂を聞きつけ、初めて訪ねたお店ですが、

とても雰囲気の良いところでした。

この日の出演は、

1.KYOKO feat Elly with 萩chan

2.ウク七の布袋様(布袋丼尊守太郎)

3.下田成聖瑠 feat 萩chan

まったりとアットホームなライブを楽しんできました。

毎月第4土曜日は、ライブの日ということで、

土曜日に前橋市内をウロウロするときには、是非是非お立ち寄りください★

目指せ!産油県!?

小川あきら です。

今日は、エネルギーの勉強会。

筑波大学大学院生命環境科学研究科の渡邉信教授の講演を聴いてきました。

内容は、「藻」で石油を作っちゃおう!というもの。

日本が産油国になるもの夢ではありません。

渡邉教授は2010年12月、従来の10倍以上の生産効率で石油を作り出す「藻」を

沖縄の海で発見したとのこと。

その名も、「オーランチオキトリウム」。

この藻は、有機物を吸収し、石油と同種の炭化水素を作り出します。

また、水中の有機物を利用して光合成を行い、体内に石油を溜める

「ボトリオコッカス」という藻もいるそうです。

バイオ燃料は、例えば、トウモロコシの場合は1ヘクタール当たり年間0.2トン、大豆は0.5トン、

アブラヤシで6トンの石油になりますが、藻類のボトリオコッカスですと、

最大で100トン以上にもなると試算されています。

オーランチオキトリウムは1ヘクタール当たり、年間1万トンの石油を作り出せるので、

2万ヘクタールで、日本の年間石油消費量を賄えてしまうとのこと。

仙台市では震災で被害を受けた浄化センターの下水を使用し、

「オーランチオキトリウム」の増殖実験を本年度中に開始するそうです。

下水等の有機排水は通常、活性汚泥というバクテリアを利用して浄化処理を行いますが、

活性汚泥のかわりにオーランチオキトリウムを投入すれば、

有機物を吸収して、石油が生成されます。

また、オーランチオキトリウムによって処理された二次処理水には窒素とリンが残ってしまいますが、

これをこのまま排水してしまうと、富栄養化が起きてしまいます。

そこで、この二次処理水に、ボトリオコッカスを投入すれば、

窒素とリンを取り込んで、またまた石油が作れるというわけです。

下水処理の費用を削減しつつ石油を生成することが可能になる‥。

群馬県では、畜産廃棄物も利用できそうな気がします。 

いろいろな可能性がありますね★

月一常任委員会

小川あきら です。

今日は、月一常任委員会でした。

8時45分から、県議会で委員会を行った後、

おとなりの埼玉県へ‥。

関東地方整備局で、東日本大震災の被災状況と

利根川の治水・利水に関する現状について説明を受けました。

沿岸の津波の被害とともに、液状化による被害も大きかった関東地方。

液状化により河川の堤防が被災した場所もかなり多く、

堤防の液状化対策も今後の課題となっております。

利根川の治水・利水については、基本高水の説明がありました。

伊勢崎の八斗島地点の基本高水は22000トンと設定されており、

これに基づいて、現在八ッ場ダム計画が進められています。

1947年のカスリーン台風では、利根川の堤防が決壊するなどして

約1100人が亡くなりましたが、これを受けて、

上流にダムを造って洪水を防ごうと、1952年に構想されたのが八ツ場ダムです。

当時、八斗島の観測所では流量が計測できなかったのですが、

① 利根川本川の「上福島」、② 烏川の「岩鼻」、③神流川の「若泉」の

3地点の観測流量がそのまま流下したとすると、

八斗島では①②③を合計した17000トンの水が流れたと推定できます。

さらに200年に1度の洪水に備えるとして、八斗島の基本高水は

22000トンと設定されました。

ただ、カスリーン台風の際には、我妻川上流にはほとんど雨が降らなかったので、

八ッ場ダムがあったとしても八斗島地点での流量は変わらなかった

といわれています。

八ッ場ダムの建設再開には、利根川の河川整備計画の策定が条件となっていますが、

これについてのスケジュールはまだ検討中とのことでした。

    

その後、埼玉スタジアム2002の施設を調査しました。

正田スタジアムもJリーグ基準に対応させるため改修を進めているところですが、

やはり、J1のスタジアムとは規模が違いすぎるかな‥。

    

新年会

小川あきら です。

先日、日頃大変お世話になっている方の新年会にお招きいただきました。

参加者のほとんどが和装だということで、私も和服にチャレンジ。

結果、歩くこともままならず、日常の動作がかなり制限されることに‥。

着慣れている皆さんは、動作の一つ一つがとても優雅で素敵でした。

群馬県の絹・織物文化に思いを馳せながら、

いつか和服も着こなせるような女性になりたいなぁ、と思った今日この頃。